産業財産権Q&A
当社は工作機械メーカーですが、取引先の紹介で他のメーカーから特許権を買わないか(有償で譲渡を受けないか)という話があり、特許証と特許公報を提示され ました。提示された特許公報を見ると、当社が近い将来、製造・販売しようと考えている工作機械に関する内容なので、金額が見合えば特許権を買ってもいいと考えています。どのような点に注意したらよいのでしょうか?
(1)特許原簿を特許庁から取り寄せて、その内容を確認する必要がある。特許証を持っていても、それが必ずしも特許権者である証にはならないので、注意が必要だ。
①特許原簿でその特許権が存続しているか否かを確認する。
特許権は特許料(年金)を納付しなかったり、特許無効審判が請求されて、特許無効審決がなされたりすると消滅する。従って、特許公報を提示されたからといって、必ずしも特許権が存続しているとは限らない。
上記のように年金を納付しない場合には、特許権が消滅することになるので、年金が何年分納付してあるかも確認しておくべきである。
また、特許権の存続期間が何年残っているかを確認する。残存期間によって特許権の価値が異なるからである。特許権の存続期間は原則として特許出願の日から20年である。
②現在の特許権者が誰であるかを確認する。
特許権は移転することが可能であり、特許公報に記載された特許権者と異なる別の者が現在の特許権者になっていることもあるからである。
また、特許公報の記載では特許権者が単独になっていても、特許権の一部が他人に譲渡されて特許権が複数の権利者の共有になっていることもある。特許権が共 有に係る場合は、各共有者は他の共有者の承諾を得なければ、自分の持分であっても譲渡することができない等の制限を受ける。なお、各共有者は他の共有者の 承諾がなくても、特許発明を実施することができる。従って、自社が特許権の一部の譲渡を受けても、他の共有者による特許発明の工作機械の製造・販売を止め ることはできない。
③実施権が設定されていないかを確認する。
特許権には特許発明の実施を第三者に許諾する実施権を設定することができる。
実施権には専用実施権と通常実施権があり、専用実施権が設定された範囲では特許権者といえども特許発明の実施が制限されることになる。従って、特許権の譲 渡を受けても、自らが特許発明の実施をすることができない場合もあるので注意が必要だ。専用実施権は特許原簿への登録が効力発生要件とされているので、特 許原簿で確認することができる。
通常実施権は特許発明の実施を単に許される権利なので、通常実施権が設定されていても特許権者は特許発明を実施できる。また、通常実施権は特許原簿への登 録が第三者対抗要件となっている。従って、特許原簿に通常実施権設定の記載がなくても、通常実施権が設定されていないとは限らない。
専用実施権はもとより通常実施権が設定されているか否かは特許権の価値に大きな影響を及ぼすので、特許権者に実施権設定の有無を確かめる必要がある。
④ 質権が設定されていないか確認する。
質権者は原則として特許発明の実施をすることはできない。しかし、契約で別段の定めがある場合は質権者は特許発明を実施することができるので、注意が必要だ。
また、質権が実行されれば、質権者が特許権者となり得る。質権が設定されている特許権の譲渡を受けることはリスクが伴うので、特許権者に質権の登録を抹消してもらってから、特許権の譲渡を受けることが賢明である。
⑤その他、特許原簿には特許権移転の履歴、質権者の変更等の種々の情報が記載されているので、特許権の譲渡を受けないかという話があった場合に限らず、実施 権の設定を受ける場合、更に特許権を侵害している旨の警告書が送られてきた場合等には必ずチェックする必要がある。
(2) 特許請求の範囲によって特許権の効力の範囲を確認する。自社で製造・販売しようとしている工作機械が特許権の効力の範囲に入るものであるかを確認する必要がある。当該工作機械が特許権の効力の範囲に入らないものであれば特許権を買う必要がないからだ。
また、特許後においても訂正請求や訂正審判において、特許請求の範囲の内容が変わることもあるので、注意する必要がある。
特許権の効力に入るか否かの判断は専門的でかなり難しいので、弁理士の鑑定を受けることが賢明である。
(3)譲渡対象となっている特許権に関連する他の特許権、実用新案権、意匠権がないかを確認する。提示された特許権だけの譲渡を受けても他の特許権等の存在に よって工作機械の製造ができない場合もあり得るからである。なお、他人の特許発明を利用する場合は譲渡された特許発明の実施が制限を受けるので、この点も 注意が必要だ。
(4) 技術指導等が受けられるか否かを確認する。
特許権だけを譲り受けても製造上のノウハウ等があり、技術指導等がないと実際には工作機械を製造できない場合もあるので、特許発明の工作機械を実際に製造するために、どのようなものが必要であるかを検討する必要がある。
(5) 特許権の価格についても検討する。
当然のことであるが特許製品である工作機械を製造し、それを販売してはじめて企業は利益を得ることができるので、特許権の価格が適正であるかについても十分に検討する必要がある。
(6)その他
特許権の譲渡を受け、それに基づいてビジネスを行おうとする場合は、上記したように多くの難しい点があるので、弁理士、弁護士等の専門家に相談すべきである。
自社で開発した技術について特許出願した場合は、特許権者が製造ノウハウ、販売ルート等を持っていることが多いが、他人から特許権を譲渡してもらう場合にはそうでないことも少なくない。
うまい儲け話など滅多にないということを常に頭に置きながら、他社から特許権の譲渡を受け、それを活用することを考えて頂ければと思う。